小径あるけば

ROCK大好き、GLAY大好き、映画、読書大好きな小径が日々の生活の中で、興味を持った色々な物や出来事、感じたことをとりとめもなく書いてしまいます。ルドルフ・シュタイナーやホメオパシー、フラワー・エッセンスなどももっと勉強したいと思っています。スピリチュアルな世界にも興味津々。とにかく楽しく笑って生きて行こう!!よろしかったらコメントして下さいね(^v^)/

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今、私なりに掴んでいること 
これは私がホメオパシーのグループで発行している
「通信」に書いた文章ですが
ここにもアップしたいと思います。


 私は中学3年生の夏に突然「人は死んだらどうなるんだろうか?」と思い始めて大変な恐怖に襲われました。
挙句、救急病院に2度担ぎ込まれたのですが、
その時は両手両足が痺れて固まってしまい、
心臓は口から飛び出すかと思うほど打ったかと思うと次の瞬間、
いくら息をすっても空気が全く肺に入ってこないような感覚に陥り、
窒息してしまうのではないかと思うほどの苦しさでした。
首筋から後頭部には恐怖とともに冷たい冷気が這い上がってくるようでした。

 本人も家族もいったい何が起こってるのか
全然把握できないまま病院に駆けつけたわけですが、
医師の診断は別に深刻なものではなく
「何か悩みがあるの?」と質問されただけでした。
「悩み」って言われたって
パニックからまだ立ち直っていない状態で
何も考えられなかった私は
「死ぬのが怖い」とは恥ずかしくて親の前で言えるわけもなく、
取りあえず「高校受験が・・・」と答えてしまったのです。

 それから随分経ってからあの時の発作は
パニック障碍からくる「過換気症候群」
あるいは「過呼吸症候群」というものでした。
もしそうなったらビニール袋を口にかぶせて
吐いた息を再度吸う作業を繰り返したら治るものだったのです。

 ですが、その当時はまだ何のことやら・・・で、
私はこの時からずっと「死」というものを道連れに生きて来ました。

この世に生れて来た者は誰ひとり欠けることなく
いつかは死んでこの世からいなくなる・・・そう分かっているのに、
どうして他の人はそんな事実など
ありもしないかのような平気な顔をして生きていけるのか、
私には理解できませんでした。
ですけどその反面私はいつのころからかずっと自殺願望があって、
自分が18歳より先まで生きていることはあり得ないと思っていました。
だからと言ってそれを実行に移すわけではないのですが
あの頃の日記には「消えてしまいたい」
という文字がいたるところにあるのです。

 「自分で命を断つ」のと「消えてしまう」のとは結果は同じでも
そのプロセスは私にとっては違う意味を持っていたような気がします。

まあ、死ぬ勇気がなかっただけかもしれませんが
「もう死ぬかもしれない!」と感じたパニックのときの恐怖感は
忘れることもできないくらい鮮明に残っているのです。

では何がそんなに怖いのか?
と考えてもその理由はよく分からなくて、
ただひとつ考えついたのは
自分ひとりだけがこの慣れ親しんだ世界を後にして
全く未知のところ、
誰ひとり知った人もいない(もし人がいるとしても)
誰ひとり私を守ってくれる人もいないところに
行かねばならないのは、
まだ子どもだった私には最大の恐怖だったのだろうということです。

 ところがその一方で
私なりに考えていたことがあって、
もしよく言われるように「天国」というところがあるのなら、
そこはきっとこの「誰も私の好きな人がいない」
「私を好いてくれる人がいない」場所とは
たぶん正反対なのだろうと。

もし死んでも天国に行けたら幸せなようにきいているので、
その「最高に幸せな場所」って
どんなものなのだろうと考えました。
そうしたらそれは私が側にいて欲しいなぁ〜と思っている人が
いつも側にいてくれること。
大好きな人たちに囲まれて楽しくしていることだと考えたわけです。

でも、ここで困ったことがひとつありました。
それは例えば、私は母には一緒にいて欲しいけど
母はその両親の子どもなのだから
両親は娘である母を側に置いておきたいと願うだろう。
またもし私が母より先に死んだら
私は母と一緒に天国にはいられないのだから幸せであるはずがないし、
だからと言って母に先に死なれるのも困るし
(これはあくまで子どもの頃の私の考えですからね)、
私が大好きな友達のAちゃんは私の側にいて欲しいけど
Aちゃんの別の友達だって
Aちゃんに側にいて欲しいと思うでしょう。

するとひとりの人があっちこっちに
掛け持ちで出演しなくちゃならないことになるし、
これが世代を超えてのことになったら
もっとややこしいからこれは大変だ!

そこで私が考えついた結果は、
きっと天国は人一人ひとりにそれぞれ一つずつあるのだろう・・・
というものでした。
私の天国は私だけの世界で、
ほかの人の天国はその人だけの世界。
それが何億、何百億、何千億とあるんじゃないかと思ったのです。
まあ、神様が一人ひとりそれぞれに住まいを作ってくれるようなものじゃないかと。

先ほど書いたとっても深刻な
パニック状態を引き起こした「死に対する恐怖心」と
こんなのんきな想像をしていた幼稚な私とが
常に同時に存在し続けたのですが、
これはその後もずっと、
大人になっても同じようなものでした。
「死にたい!」と願う私と「自殺したら天国に行けない」と信じてる私。「生きるのが辛い」と苦しむ私と、
ビートルズを皮切りに
いろいろなミュージシャンをキャーキャー言いながら
ミーハー的に追いかけて感激感動してる私と、
「もう死んでもいいなぁ・・・」と思ったこの夏の頃の私と
同時期に、グレイのライブ・チケットを必死で得ようとする私と、常に相反するふたつの柱を持ちながら、
私は生きてきたように思います。

| komichi | - | 20:21 | comments(0) | - |

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