![]() 2009.12.19 Saturday
今、私なりに掴んでいること Ⅱ
それで何なのか?といいますと
「天国は一人ひとりへのオーダーメイドである」 と考えたこの思いつき、 まんざら間違ってはいなかったのだと最近わかってきたのです。 これまで読んできた多くの本の中で 多くの人が多くの主張をしているのですが、 最近それらがあるところで繋がってきたことに気づきました。 それは「ホ・オポノ・ポノ」の記事にも書きましたが、 私の人生は私の想いによって作られ、 想いによって変化する・・・ということです。 私が知っている人、 知らない沢山の人々にはみなそれぞれに人生があり、 それらは相互に複雑に絡みあって 世界=この世ができているわけですけど、 例え私が全く知らない所で知らない人が どんな人生を送っているかは、私には関係がないのです。 つまりそれは存在していないのと同じ。 でもそれらのほんの一端でも、 ある事柄が私の人生に出現した時点において それは初めて存在し始めるのです。 でもそれはたった今「存在し始めた」にもかかわらず、 そのこと自体は「太古の昔からすでに存在し続けていたもの」 として存在し始めるのです。 つまり私が「知った」時点から そのもの、こと、人などが存在し始めるのですから、 それら全ての責任は「私にある」のだとわかったのです。 このことはシュタイナーの著書や 「神との対話」やエンデの「果てしない物語」 などにも書かれていたのですが、 その中でも人智学者の高橋巌さんが ある講演で 「カルマとは、すべての物事が私の責任であると引き受けること」 だとおっしゃっていました。 私が行ったこともない地の果てで 一人の人が殺人を犯したとしても 私がそのニュースを知ったときから、 それは「私のせいである」ときちんと引き受けないことには、 私のカルマを解いていくことはできないらしいのです。 「こんなこと一体私に何の責任があるの!?」 と初めは思ったのですが 「このことは私とは何の関係もない」 と思った時点で私のカルマは残りつづける、 もしくは増えていくということが納得いくようになったのです。 そんなときに出会ったのが前出の 「ホ・オポノ・ポノ」の本で、 電車の中でたまたま向かいの席に座ってる人が 苦しそうに咳き込んでるのを私が見たとしたら、 私がそれを引き受けて私の中にある未解決な問題 (何百回もあったであろうこれまでの前世で私がしてきたこと、 しなかったことなどの多くの問題=カルマ) に向かって「ありがとう、ごめんなさい、許してください、愛しています」を言い続けることによって、 私が癒され浄化されると その向かいの席の人の咳が止まる、というのです。 この仕組み、本当によくできているのですね。 この世はテレビ・ゲームのディスクのようなものだと、 これも「神との対話」などに出てきてたことですが、全てはすでに存在し、これからも存在し続け、 過去も未来もない。 あるのは1秒ごとに私が進む方向を選び取る 「今」その瞬間だけなのだということ。 私はこれまでよく 「あ~あの時私があんなことしなければきっと今とは違った素晴らしい人生があったかもしれないのに・・・」 と考えては悔やんできました。 だけど過去のことについて 「たられば」の話はあり得ないともいいますが、 やはり最近私が「はた!」と気づいたことがあるのです。 「果てしない物語」の中にひとつの章が終わるときに 「けれどもこれは別の物語、 いつかまた、別のときにはなすことにしよう」 という文章が何度かでてきます。 この物語での内容と全く同じわけではないのですが、 私はこのエンデの文章によって 「人の人生もこうなのではないか?」と思ったのです。 つまり私が 「昔のあのときあの人の言うなりになっていなければ こんな人生じゃなかったはずなのに・・・」 と悔やむその「別の人生」は もしかしたらプログラムとして ちゃんとそのディスクにすでに存在していて、 今回私はたまたまその道を選ばなかっただけだと考えたのです。 ややこしいかもしれませんが、 テレビゲームなどで1回目の挑戦は この道を進んで失敗したけど、 やり直しのときは 「前回ここでこうしたから間違ったので、 今回はこっちに行ってみよう」 とかやるわけですね。 でもそれは、 ゲームをしてる人が自分で作り出してる道ではないわけです。 すでにプログラマーが こと細かに作り上げた何百、何千、何億という 選ぶことのできる進む道が すでにそのソフトに描いてあるのであって、 どれだけ新しい道を発見したつもりでも 失敗してはまたやり直し、 やり直し進み続けるその顛末は すでにそのソフトの中に存在しているわけですから。 この世、この人生でさえがこんな仕組みですから、 きっとこの人生も私の想いで進む方向は変えられるわけだし、 あの世はもっともっと途方もないものだろうから、 私ひとりの小さな望みなどどんな風にもでもなる オーダーメイドの国が天国なのだろうと最近思うわけなのです。 繋がったかな?(笑) ![]() |